ヒカシュー渋谷クアトロは、
ジューシィ・ハーフのとても素敵なステージではじまり、
企画して本当によかった。
いきいきとしたものがよみがえり、弾けていた。
そもそものはじまりは、
イリアがアマチュアの合唱団にいて、
高橋悠治のパーリ語の合唱曲のこことで
連絡してきたことだ。
どうも曲を短くしたいということらしいのだが、
それで連絡先を教えてあげたりした。
そこで最近ジューシィ・ハーフというのをやっているという
ニュースを耳にして、
ぜひクアトロのヒカシュー公演に出てほしいとお願いしたのだ。
すぐに快諾はしてもらえなかったが、
悩んだ末のいい返事をもらえた。
結果
ジューシィ・ハーフの魅力的なステージが目の前で実現した。
イリアは、声もギターも出で立ちも、デビュー時のものをすべて持っていた。
トシは、ステージ上で自分が参加しているヒカシューの1stと2ndを宣伝してくれたり、
いつものいいやつぶりを発揮していた。
また
ベースのジェフ氏 ギターのAkishiro氏という好サポートを得て
瑞々しさが際立っていた。
ヒカシューは、三田超人のへんてこダンスからはじまった。
それはステージに登場する30秒くらい前に決まったが
すぐにやってくれるフリーマンは偉い。
途中息切れしてこっちにでてくれと懇願しているフリーマンが見えたので
さりげなく出て行きステージをはじめた。
会場はジューシィ・ハーフが作ってくれた素敵なオーラが満ちあふれていて
会場に一体感があったので、とてもやりやすかった。
応援してくれる人が一人でも多いと、うれしいのが人情である。
この日は
ヒカシューとジューシィを世に出した近田春夫氏も招待した。
ちょうど近田さんがロングインタビューを決行中の裕也さんも
なぜかかけつけてくれた。
アンコールも3回。
楽屋に裕也さんが来て、なにかただならぬオーラをだしていた。
裕也さんは当日券を買って入ってくれたらしい。
裕也さんは
「ヒカシューはやっぱフランク・ザッパ(マザーズ)だな。寺山とも共通のものを感じるよ」
30年前にも言われたことを繰り返してくれた。
これもやけにうれしかった。
12月には近田さんと相対性理論にゲストに来てもらうことにした。
これシリーズ的に続くと面白いなぁ。
ジューシィにもまた来てもらいたいし。
たくさんのすばらしい友だちも来てくれてうれしい一夜だった。
2009年10月30日金曜日
トゥバクィズィ来日公演からヒカシュー
トゥバクィズィ9年ぶりの来日。
彼女たちの上達ぶりに感心した。
9年前は、不安でアンドレイやナデージダ・クーラルをゲストにしたことを思い出す。
しかし、いまもうそんな不安はまったくないすばらしいステージができるグループに発展した。
東京公演と名古屋の入りが悪くて赤字になってしまったのが実に痛いが
今後につながるいいステップになったと思う。
その彼女たちの公演が続いてる中
ヒカシューのツアーがはじった。
2009年10月3日土曜日
スペインから帰りました。
はじめてのスペインから帰って4日経った。
思い出します。
マドリードの空港からタクシーでアトーチャ駅近くのホテルへ。
チェックインして、眠いのをこらえ、高円寺百景を観にライブハウスに行く。
スペインでは挨拶はみんな「オラ」ですましているようだ。
次の日、スペイン浪越指圧のたけしさんがロビーに来てくれて、散歩。
なぜかセファルディの写真展などを見て、浪越指圧の小野田先生に会う。
近くでお昼。はじめてのガスパチョ。
小野田先生の案内でマドリード観光をさせてもらう。
たけしさんに指圧を受ける。
首のコリを実感。
夕食は、イベリコの生ハム専門店で。またもガスパチョ。
次の日、ホテル近くのソフィアアートセンターでゲルニカを観賞。
この日もガスパチョ。
24日、電車に乗り3時間半、カセレスへ。
カセレスは白壁の町。そのはずれにウォルフ・フォステルのミュージアムがある。
彼はフルクサスのメンバーだった。
廃棄されたクルマ、テレビを使ったインスタレーションは強烈。
思い出します。
マドリードの空港からタクシーでアトーチャ駅近くのホテルへ。
チェックインして、眠いのをこらえ、高円寺百景を観にライブハウスに行く。
スペインでは挨拶はみんな「オラ」ですましているようだ。
次の日、スペイン浪越指圧のたけしさんがロビーに来てくれて、散歩。
なぜかセファルディの写真展などを見て、浪越指圧の小野田先生に会う。
近くでお昼。はじめてのガスパチョ。
小野田先生の案内でマドリード観光をさせてもらう。
たけしさんに指圧を受ける。
首のコリを実感。
夕食は、イベリコの生ハム専門店で。またもガスパチョ。
次の日、ホテル近くのソフィアアートセンターでゲルニカを観賞。
この日もガスパチョ。
24日、電車に乗り3時間半、カセレスへ。
カセレスは白壁の町。そのはずれにウォルフ・フォステルのミュージアムがある。
彼はフルクサスのメンバーだった。
廃棄されたクルマ、テレビを使ったインスタレーションは強烈。
2009年9月6日日曜日
鯉とガスパチョのMIXにKORGのMR-2000Sを使った。
坂出スタジオでMIX。
もるとゆらじおというBLOGで、
全然つかまらない人、と呼ばれているその人のスタジオである。
今回は、マスタリングをしてくれるオノセイゲンの勧めで、
KORGのMR-2000Sをマスターレコーダーに使った。

これが1ビット5.6448MhzというSACDのさらに上をいく驚異の音のよさで、
10年前のたいして音の良くない音を流し込んでも、魔法のように音がよみがえる。
一台欲しくなってしまうすばらしいレコーダーだ。
もるとゆらじおというBLOGで、
全然つかまらない人、と呼ばれているその人のスタジオである。
今回は、マスタリングをしてくれるオノセイゲンの勧めで、
KORGのMR-2000Sをマスターレコーダーに使った。

これが1ビット5.6448MhzというSACDのさらに上をいく驚異の音のよさで、
10年前のたいして音の良くない音を流し込んでも、魔法のように音がよみがえる。
一台欲しくなってしまうすばらしいレコーダーだ。
ゲームピース開票速報
衆議院選挙の日、8月30日。
選挙を済ませて、江古田マーキーへ。
10個のグラフィックと11個の音楽要素、それにスピードを加えた曲を作っていった。
初演なのでまだぎこちないところもあったが、
この日にしかできない記念すべき曲ができあがった。
なにしろ政権交代が、戦後はじめて成立したといえる記念すべき日なのである。
4年前の郵政選挙とはわけが違うのだが、政治通ぶる人間やジャーナリストは、
この変化についていってない。
つまりいままでいかに彼らが自民党べったりだったかということだ。
政治記者は特にひどい。
まったく世の中が読めていないような発言を繰り返す。
民主党をよくみなくてはいけない
なんてことをいってるが、よくみてる暇なんてない。
いまこの国のひどくなったところを直さなくては、いつ直すというのだろう。
それに参加しなくてどうするのか。
社民党も共産党もそれがわかっているから協力したのがわからないのだろうか。
選挙を済ませて、江古田マーキーへ。
10個のグラフィックと11個の音楽要素、それにスピードを加えた曲を作っていった。
初演なのでまだぎこちないところもあったが、
この日にしかできない記念すべき曲ができあがった。
なにしろ政権交代が、戦後はじめて成立したといえる記念すべき日なのである。
4年前の郵政選挙とはわけが違うのだが、政治通ぶる人間やジャーナリストは、
この変化についていってない。
つまりいままでいかに彼らが自民党べったりだったかということだ。
政治記者は特にひどい。
まったく世の中が読めていないような発言を繰り返す。
民主党をよくみなくてはいけない
なんてことをいってるが、よくみてる暇なんてない。
いまこの国のひどくなったところを直さなくては、いつ直すというのだろう。
それに参加しなくてどうするのか。
社民党も共産党もそれがわかっているから協力したのがわからないのだろうか。
旭岳ハイキング姿見の池エゾリスが走る。
ベースを弾いたのは何年ぶりだったろう。
2009年7月14日火曜日
天才、平岡正明を追悼する。
言うのが遅くなった。
平岡さんがいなくなると本当にさびしい。さびしすぎる。
昨年のはじめ荻窪のロフトで行われた「シュールレアリスム落語宣言」の出版記念の会で、
ちょっと血圧が高いのかなと思っていたけど、
ぼくがもう7年も出ていなかった横濱ジャズプロムナードのことが話題になり、
ちょうど居合わしたプロムナード委員会のSさんに、奥さんが
「巻上君を出してね」と言ってくれて、昨年のブロムナードにヒカシューで出ることになった。
ご夫婦仲良く、一番前の席でにこにこと見てくれていて、こっちの方がうれしくってたまらなかった。
1981年 ヒカシューの3枚目のアルバム「うわさの人類」を朝日新聞で褒め抜いてくれて、
批判を書いた中村とうよう氏にちょうどハチ合わせた時、とうようさんが「いや平岡さんに一本とられた」と言ったことや、
一緒に内藤誠監督の映画「俗物図鑑」に出たことや、
平岡さんが企画した「浪曲20世紀」というイベントで浪曲、河内音頭の京山幸牛若師匠とヒカシューが共演してツアーをしたり、
その岡山公演がはねた後、新幹線で広島に行き、タクシーで呉に行ってラーメンを食べたことや、
彫りよし三代目のイベントに出たり、団鬼六さんの家に行き、鬼六さんと志麻いずみさんに会って、スッポン食べたり、
野毛の大道芸で売り子手伝ったり、
浅草で、玉川福太郎に一緒に惚れ惚れしたり、
もう思い出が山ほどあってとても整理できない。
それで遅くなった。
とても書ききれないのである。
葬式では、田中優子さんや、山下洋輔さんの弔辞に泣けて泣けて、
お経を読んでいるのが上杉清文上人や毎月福神の会で会っている仲間たち。
栗本慎一郎さんもいた。
平岡さんの小説「皇帝円舞曲」のモデル集合だ。
いつまでも平岡さんの話をつづけることで、平岡正明の天才ぶりを讃えていくことが、
残されたものの使命である。
平岡さんがいなくなると本当にさびしい。さびしすぎる。
昨年のはじめ荻窪のロフトで行われた「シュールレアリスム落語宣言」の出版記念の会で、
ちょっと血圧が高いのかなと思っていたけど、
ぼくがもう7年も出ていなかった横濱ジャズプロムナードのことが話題になり、
ちょうど居合わしたプロムナード委員会のSさんに、奥さんが
「巻上君を出してね」と言ってくれて、昨年のブロムナードにヒカシューで出ることになった。
ご夫婦仲良く、一番前の席でにこにこと見てくれていて、こっちの方がうれしくってたまらなかった。
1981年 ヒカシューの3枚目のアルバム「うわさの人類」を朝日新聞で褒め抜いてくれて、
批判を書いた中村とうよう氏にちょうどハチ合わせた時、とうようさんが「いや平岡さんに一本とられた」と言ったことや、
一緒に内藤誠監督の映画「俗物図鑑」に出たことや、
平岡さんが企画した「浪曲20世紀」というイベントで浪曲、河内音頭の京山幸牛若師匠とヒカシューが共演してツアーをしたり、
その岡山公演がはねた後、新幹線で広島に行き、タクシーで呉に行ってラーメンを食べたことや、
彫りよし三代目のイベントに出たり、団鬼六さんの家に行き、鬼六さんと志麻いずみさんに会って、スッポン食べたり、
野毛の大道芸で売り子手伝ったり、
浅草で、玉川福太郎に一緒に惚れ惚れしたり、
もう思い出が山ほどあってとても整理できない。
それで遅くなった。
とても書ききれないのである。
葬式では、田中優子さんや、山下洋輔さんの弔辞に泣けて泣けて、
お経を読んでいるのが上杉清文上人や毎月福神の会で会っている仲間たち。
栗本慎一郎さんもいた。
平岡さんの小説「皇帝円舞曲」のモデル集合だ。
いつまでも平岡さんの話をつづけることで、平岡正明の天才ぶりを讃えていくことが、
残されたものの使命である。
2009年7月8日水曜日
2009年7月3日金曜日
北海道のツアーを思い出す。
2009年6月23日火曜日
ここちよい現代音楽の温泉に浸る。

(写真小熊栄)
湯河原現代音楽フェスティバルvol.1当日。
檜チャリティコンサートホールにたくさんの人。
地元の協力を得ることが出来て、当日は熱気があった。
出演は、ピアニストの高橋悠治、ヴァイオリンの鈴木理恵子
シルヴィー・コルバジェ、モリイクエ、巻上公一の5人。
中国の高平は残念ながらこれなかった。
おかげといってはなんだが、シンプルな構成になったのはよかった。
司会は、作家の田口ランディ。
田口さんのおかげで、いろんなお客さんを動員することが出来たが、
耳慣れない音楽であろうお客さんが増えたのが心配ではあった。
このへんはいつも矛盾した気分になる。なにしろ万人向けの音楽ではない。
しかしたくさんの人にきいて欲しい。
81歳の女性が、「素晴らしい」と感動する傍らで、
癒しの音楽しか耳に馴染まない人もいる。
「わかる」とか「わからない」にしかこだわっていない人もいる。
もちろん寝てしまった人もいる。笑い続けた人もいる。
そのさまざまな観客を前にして、
今日の演奏者は、本当に巧みな名人たちであるのは、夢のようなことだ。
曲目は、
高橋悠治氏にぼくがリクエストした武満徹の「妖精の距離」。
そこから出発して、
「七つのバラがやぶにさく」「悲歌」
「パランセ」「光州」
アントニオ・カルロス・ジョビンまで
常識を覆す強いメッセージを持った演奏に息を飲んだ人も多いはず。
シルヴィーのソロピアノもいつになく素晴らしいものだった。
内部奏法をこんなに華麗にする人を他に知らない。
アグラダルマは、白い蓮のための即興曲と題してインプロヴィゼーションを3つ。
北海道、関東、京都を回ってきての最終日の演奏だ。
今日は、シルヴィーがセンターに位置した。
モリイクエさんの、独特のエレクトロニクスの世界は唯一無比。
なにしろエレクトロニカの本当の先駆者である。
続いて、全員の即興をした。
悠治さんの奇襲のようなクラスター。
いずれにしろ湯河原で現代音楽のフェスティバルができたのは
本当に奇跡のようなことだった。
写真小熊栄)
コンサートの前に舟盛り
2009年6月9日火曜日
2009年6月1日月曜日
1981年 ぼくまだベースを弾いていた。
ヒカシューのミーティング。
ことし9月から、東芝時代のリマスタリングがブリッジから次々に発売されるのを受けて、
新作の録音日程の調整などをした。
古いビデオの中に、1981年の渋谷でのライブがあった。
曲は「うわさの人類」
まだぼくはベースを弾いていた。
坂出君が入るほんの少し前だ。
ことし9月から、東芝時代のリマスタリングがブリッジから次々に発売されるのを受けて、
新作の録音日程の調整などをした。
古いビデオの中に、1981年の渋谷でのライブがあった。
曲は「うわさの人類」
まだぼくはベースを弾いていた。
坂出君が入るほんの少し前だ。
2009年5月14日木曜日
タクシーでケチケメートまで飛ばしてくれ。
ルーマニアの街アラードから口琴職人ゾルタンの家まで
わずか200キロと聞いていたし、帰りの飛行場までの途中であるので、
寄ることを決意したが、
劇場スタッフが、電車やミニバスの時間を調べてくれたが、
どうもいいのがないらしい。
芳子さんが、「ここではひとつのことが4時間かかるのよ」といい
アラードからやはり200キロのクルージュまでタクシーで200ユーロ(約3万円)したんだから」
と、大変さを語ってくれたが、
そんなことはないだろうと、ホテルに戻り
「タクシーでシギトまでいくら?」と訊ねると250LEI(6500円ぐらい)という。
尺八の元永さんも一緒するというので、ひとり3000円ちょっとだ。
これならタクシーのがいい。
「でも行きたいのは、ケチケメートで、もう少しあるけど、それだといくら?」
と訊くと、それでも250LEI でいいよ、と言ってくれた。
そんなわけで約3時間タクシーに乗って、ケチケメートのゾルタン宅に着いたのである。
ゾルタンの奥さんはニューヨークの息子のところにちょうど行っていて
ひとりきりだった。
地下の工房に新しく作ったシンギングボールやゴングのコレクションをみせてくれた。
小一時間ほど話して、ケチケメート駅からブダペストのペンションに慌ただしく向かった。
わずか200キロと聞いていたし、帰りの飛行場までの途中であるので、
寄ることを決意したが、
劇場スタッフが、電車やミニバスの時間を調べてくれたが、
どうもいいのがないらしい。
芳子さんが、「ここではひとつのことが4時間かかるのよ」といい
アラードからやはり200キロのクルージュまでタクシーで200ユーロ(約3万円)したんだから」
と、大変さを語ってくれたが、
そんなことはないだろうと、ホテルに戻り
「タクシーでシギトまでいくら?」と訊ねると250LEI(6500円ぐらい)という。
尺八の元永さんも一緒するというので、ひとり3000円ちょっとだ。
これならタクシーのがいい。
「でも行きたいのは、ケチケメートで、もう少しあるけど、それだといくら?」
と訊くと、それでも250LEI でいいよ、と言ってくれた。
そんなわけで約3時間タクシーに乗って、ケチケメートのゾルタン宅に着いたのである。
ゾルタンの奥さんはニューヨークの息子のところにちょうど行っていて
ひとりきりだった。
地下の工房に新しく作ったシンギングボールやゴングのコレクションをみせてくれた。
小一時間ほど話して、ケチケメート駅からブダペストのペンションに慌ただしく向かった。
2009年5月5日火曜日
鳩の棲んでいる劇場--ルーマニアのアラード
ルーマニアのアラード
鳩の棲んでいる劇場は、煉瓦造りの朽ちた作りで
ニューヨークのコレオグラファー中馬芳子のプロジェクトは、
ここで3週間に渡るワークショップで作品を作ってきた。
ぼくが到着したのは、4日の夕方。
稽古はある種の困難さに直面していた。
そのせいで構成の決定が遅れていたのだが、
はじめかわいい声に聞こえたポッポも、
リハーサルが本番の日に近づくにつれて、
だんだんにくらしくきこえるものだった。
ルーマニアやヨルダン、マケドニアなどを股にかける
芳子さんの挑戦は素晴らしく、
ジョン・ケージのバリエーションズ
ルーマニアのフィルム
ルーマニアのローカルな人々の写真
ニューヨークとルーマニアのダンサーや役者の言葉など
作品は複雑に響きあうような旅のかたちをしていた。
鳩の糞や壁のダストを掃除する日課に
音楽は簡単にはすすまなかったが、
ぼくのテルミンや口琴はもとより
おおたか静流の歌や
元永拓の尺八
Tcha Limberger のバイオリン
そのどれもうねるような音で構成された。
The films in the performance range from classics to contemporaries and include "John Cage-Variations VII" from the DVD film series, "9 Evenings: Theatre & Engineering" (1966), issued by Experiments in Art and Technology (E.A.T.); and excerpts of two Romanian films, "Stuff and Dough" (2001), directed by Cristi Puiu, and "12:08 East of Bucharest" (2006), directed by Corneliu Porumboiu. Distillations of the films are woven into the performance; this has been a vital component of Chuma's ongoing "Page Out of Order" series.
poonarc
2009年4月19日日曜日
本日はイタリア発、ベルギー経由、イタリア行きだった。
4月19日、Black Light Orchestraとのマチネーがあるので、
リハーサルのために午後一時に会場の「月見る君を想う」に到着。
すると彼らはまだリハもやらないで取材などを受けていた。
ではこちらはひとりでお昼にしようとすぐ隣のTRATTORIA Firenze SANTAMARIAでランチを食べた。
本日のパスタには、スープもサラダもパンもついて、おいしい上にお手ごろな価格だった。
フィレンツェで修業したシェフらしい。
店員はみなイタリア語でペルファボーレとオーダーをいれていた。
ぼくの出番は、ギター着流しの日比谷カタンの後。
口琴からはじめてテルミン、声、サンプラー、コルネットを使ったインプロをした。
会場があたたかい雰囲気でとてもやりやすかった。
続いてのBlack Light Orchestraは、ウィットに富んだ素敵なグループだが、
もうすこしダイナミックだとうれしい気がする。
それにかなり演奏時間が長い。
また「月見る君を想う」の二階席が喫煙できるのが問題。
決して換気がいいとは言えないので、煙ってしまう。
ライブハウス内にタバコの自販機が置いてあるのにもむっとする。
それだけでこの店の点がぼくには低くなってしまう。
早晩撤去して欲しいものだ。
そんなわけで一昨日にも見ているので、ちょっと抜け出して、
花畑牧場のアイスを食べてきた。
昼ぐらいは行列していたが、夕方になると簡単に入れる。
<<だけど青山に似あわない田舎臭いお店だなぁ、なにしろデザインがかっこ悪い・・>>
帰りは、同じ青山のナプレで最高においしいピザを食べた。
さすがピザチャンピオン。
本日はイタリア発、ベルギー経由、イタリア行きだった。
リハーサルのために午後一時に会場の「月見る君を想う」に到着。
すると彼らはまだリハもやらないで取材などを受けていた。
ではこちらはひとりでお昼にしようとすぐ隣のTRATTORIA Firenze SANTAMARIAでランチを食べた。
本日のパスタには、スープもサラダもパンもついて、おいしい上にお手ごろな価格だった。
フィレンツェで修業したシェフらしい。
店員はみなイタリア語でペルファボーレとオーダーをいれていた。
ぼくの出番は、ギター着流しの日比谷カタンの後。
口琴からはじめてテルミン、声、サンプラー、コルネットを使ったインプロをした。
会場があたたかい雰囲気でとてもやりやすかった。
続いてのBlack Light Orchestraは、ウィットに富んだ素敵なグループだが、
もうすこしダイナミックだとうれしい気がする。
それにかなり演奏時間が長い。
また「月見る君を想う」の二階席が喫煙できるのが問題。
決して換気がいいとは言えないので、煙ってしまう。
ライブハウス内にタバコの自販機が置いてあるのにもむっとする。
それだけでこの店の点がぼくには低くなってしまう。
早晩撤去して欲しいものだ。
そんなわけで一昨日にも見ているので、ちょっと抜け出して、
花畑牧場のアイスを食べてきた。
昼ぐらいは行列していたが、夕方になると簡単に入れる。
<<だけど青山に似あわない田舎臭いお店だなぁ、なにしろデザインがかっこ悪い・・>>
帰りは、同じ青山のナプレで最高においしいピザを食べた。
さすがピザチャンピオン。
本日はイタリア発、ベルギー経由、イタリア行きだった。
2009年4月10日金曜日
コブラ終えてこぼれ桜の目黒川
昨晩のピットイン。
2年ぶりに来日したジョン・ゾーンの公演とあって、200枚のチケットは早々に完売。
1セット目は、ジョン・ゾーンに、大友良英、ジム・オルーク、巻上公一の4人によるインプロ。
2セット目は、ジョン・ゾーン プロンプターによるコブラ。
メンバーは、
向島ゆり子(Violin) 四家卯大(Cello) 佐藤芳明(Accordion)
伊澤知恵(Piano)鳥越啓介(Bass) 佐藤えりか(Bass)
神田佳子(Percussion)ぴかちゅうりっぷ(Drums)
植村昌弘 (Drums)大友良英 (Guitar)ジム・オルーク(Guitar)
巻上公一(Voice,オーガナイズ)
すばらしく豪華な時間を過ごすことが出来た。
当初は、コブラをやるつもりはなかったのだけど、
ピットインの鈴木さんのつよい希望で急遽することになって、
人選にはかなり苦労した。(なにしろ時間がなかった)
それでもジョンも大満足できるレペルの演奏になっていて
ほっと一安心した。
この成果のおかげで、来年はもう少し発展したことができそうになってきた。
だいたいいまやヨーロッパなどでは、
ジョン・ゾーンの大きなフェスティバルが数多く組まれているのに
日本のイベンターのふがいなさといったら、なんなのだろうかと思う。
エレクトリックマサダやムーンチャルドやストリングスや
人気のプログラムが目白押しである。
日本では、ピットインだけが本当に誠意ある対応しているから
信用を勝ち取っているのだろう。
さて
昨晩のいい気分をかって
今日は目黒川をさくら散歩をした。
P.S.
当日は混雑しましたが、ご協力ありがとうございました。
2009年4月8日水曜日
JAZZ ART せんがわのポスターができた。
JAZZ ART せんがわのポスターができた。
3日間の通し券を買うと、プレゼントしてくれるらしい。
今年からすぐ近くのCAFE キックバックカフェもフェスティバルに参加。
6月11日が前夜祭で、12日にはK0NTA 13日にはパスカルズとカルメンマキが出てくれることになった。
このCAFE 完全禁煙、ノンアルコホール、授乳室完備、ヴィーガンメニューという
なかなか進んだところである。
3日間の通し券を買うと、プレゼントしてくれるらしい。
今年からすぐ近くのCAFE キックバックカフェもフェスティバルに参加。
6月11日が前夜祭で、12日にはK0NTA 13日にはパスカルズとカルメンマキが出てくれることになった。
このCAFE 完全禁煙、ノンアルコホール、授乳室完備、ヴィーガンメニューという
なかなか進んだところである。
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