2月7日のなってるハウスでのソロ。
いきなり廻り将棋!!
あいかわず 素晴らしい即興。
2011年2月15日火曜日
2011年1月30日日曜日
はじめての佐賀そして福岡、糸島半島で牡蛎
2011年1月10日月曜日
2010年12月26日日曜日
サイケデリッククリスマス!

photo by Tadamasa Iguchi(Qetic)
キノコホテル
素晴らしいバンドだった。
クリスマスのイベントに選んで大正解だったよ。
支配人ことマリアンヌ東雲さんに
ヒカシューの「20世紀の終りに」の「いやよ」や
「幼虫の危機」の叫びまでやっていただいて
感謝。
この日
戸辺哲 多忙のため出席できず
戸辺さんのファンには悪い事をしてしまった。
3年続いたクリスマスイベント!
絶対に来年もやろう。
QUETICにレポートが載っています。
ここ
2010年11月22日月曜日
チャンギハと顔たちと渋谷Lush

チャンギハと顔たちとヒカシューが渋谷Lushで共演した。
チャンギハの記念すべき日本での最初の歌は
ヒカシューの「人間の顔」。
彼は、なんと日本語ですべて覚えてきてくれた。
素晴らしくて、感謝する。
チャンギハは才能高き若者で、
歌、詩、曲、パフォーマンスのバランスが絶妙である。
特に詩にみるべきところがある。
すでに韓国で大人気だが、日本でも人気がでるだろう。
ようやくアイドルじゃない韓流がやってきたのがうれしい。
1)チャンギハと顔たちは、韓国のロックグループ。日本デビュー盤がこのほどP-VINEから発売になった。
2010年9月21日火曜日
アルタイの町にトリオのポスター
ノボシビルスクから
アルタイ共和国の首都ゴルノアルタイスクまで車で9時間。
ノボシビルスクの通関が厳しくて長蛇だったため
着いたのはもう夜。
一夜明けて、新しくできあがったドラマシアターに行くと
われわれのトリオАЯ(アヤ)のポスター、しかもかなり大きい。

UN(国連)の事務所に行き、友人に会いハワイコナの珈琲をご馳走になる。
バニラの香りのするフレーバー珈琲は、いまひとつアルタイ気分に似合わない。
お昼からドラマシアターで記者会見が行われた。
アルタイテレビの取材も受け、
アルタイ日本文化センター<キン>を立ち上げたエドワードさんにも対面。
<キン>は、金のことかと思ったが、どうやらアルタイ語で「へそ」という意味とのこと。
キリル文字で書くとКИНだ。

夕方、グレゴリーという人を乗せて少し郊外へ。
アルジャンスーという湧水で有名な土産物屋が軒を連ねるところを見学。
口琴の看板が目に入った。
そこからもうしばらく東へ行くとチェマルという村がある。
ここにグレゴリーの友だちでユダヤ人のカオリというアーティストが住んでいて、
ユニークな形のオカリナを作っている。
ボロットは彼女の作品をステージで使っていて、そのフォルムには見覚えがあった。
シャーマン風の太鼓もあり、
マサが叩いて「いいなぁ、でも重い」
「いくらなんだろうね」
マサの妻である香ちゃんがカオリの写真を撮る。
「イスラエルの歌謡曲に昔ナオミの夢ってのがあったよねー」
「あっちの名前かな、ユダヤの」
オカリナも含めけっこういい値段がしたので、ひとつも買わずに
グレゴリーさんの家に。
部屋にあった普通のコンガを指して、
「これ使ってもいいよ」
マサは困惑。「シャーマンの太鼓はほしいけど、コンガはいらないな」
アルタイ共和国の首都ゴルノアルタイスクまで車で9時間。
ノボシビルスクの通関が厳しくて長蛇だったため
着いたのはもう夜。
一夜明けて、新しくできあがったドラマシアターに行くと
われわれのトリオАЯ(アヤ)のポスター、しかもかなり大きい。
UN(国連)の事務所に行き、友人に会いハワイコナの珈琲をご馳走になる。
バニラの香りのするフレーバー珈琲は、いまひとつアルタイ気分に似合わない。
お昼からドラマシアターで記者会見が行われた。
アルタイテレビの取材も受け、
アルタイ日本文化センター<キン>を立ち上げたエドワードさんにも対面。
<キン>は、金のことかと思ったが、どうやらアルタイ語で「へそ」という意味とのこと。
キリル文字で書くとКИНだ。
夕方、グレゴリーという人を乗せて少し郊外へ。
アルジャンスーという湧水で有名な土産物屋が軒を連ねるところを見学。
口琴の看板が目に入った。
そこからもうしばらく東へ行くとチェマルという村がある。
ここにグレゴリーの友だちでユダヤ人のカオリというアーティストが住んでいて、
ユニークな形のオカリナを作っている。
ボロットは彼女の作品をステージで使っていて、そのフォルムには見覚えがあった。
シャーマン風の太鼓もあり、
マサが叩いて「いいなぁ、でも重い」
「いくらなんだろうね」
マサの妻である香ちゃんがカオリの写真を撮る。
「イスラエルの歌謡曲に昔ナオミの夢ってのがあったよねー」
「あっちの名前かな、ユダヤの」
オカリナも含めけっこういい値段がしたので、ひとつも買わずに
グレゴリーさんの家に。
部屋にあった普通のコンガを指して、
「これ使ってもいいよ」
マサは困惑。「シャーマンの太鼓はほしいけど、コンガはいらないな」
2010年9月20日月曜日
【АЯツアー】 ノボシビルスクに到着
はじめてのАЯアルタイツアーにわくわくしていた。
今年の春、アルタイ共和国を代表する歌手ボロット・バイルシェフを日本に呼んだ際、
アルタイに日本文化センターを作る話があり、そのオープニングに合わせて、
АЯの公演をしようとという話があった。
だいたいの日程を決め、飛行機の予約に入り、
8月の上旬に北京経由のシベリア航空のチケットを購入した。
ところが、
8月の下旬になって、ボロットの代理チャガットから今度のツアーをキャンセルしたいとメールがあった。
ボロットは病院にいる。文化大臣との交渉にも失敗したとあった。
出発1ヶ月を切っていた。
ぼくが購入した航空券は、払い戻し不可のもの。
このまま無駄にするのもったいない。
コンサートはなくてもいいから、とにかくアルタイに行くので招待状を出して欲しいと返信した。
そして、なんとかビザを取得し、北京経由で無事ノボシビルスクに到着したのである。
2010年8月28日土曜日
福生のカニ坂ロックフェス
2010年8月20日金曜日
イワンチャイというものの正体を探る

トゥバの南シジムの方に行って知ったお茶。
イワンチャイ Иван Чай。
ロシア語の辞書で引くとヤナギランと出てくるのだけど
ぼくが飲んだのは、明らかに白い花で、ヤナギランのような赤味がないものだった。
Googleで検索すると「ロシアの飲み物」というページがあった。
このページの作者もヤナギランではないと思っているらしく、
ノコギリ草に似ていると書いている。
またこの引用も興味深い。
「イワンチャイにロシア産白色粘土とかを混ぜた飲み物で、テイン(カフェイン)を含まず身体にも歯にも良いとされた薬用ハーブティーがロシアの重要輸出品目のひとつだった時代があったが、17世紀以降、イギリスが紅茶市場を独占する過程でこの対抗商品であるイワンチャイをめぐって生臭い商戦があり、イワンチャイは最終的に市場から駆逐された。」
17世紀にシベリアに逃げてきたロシア正教古儀式派の村で飲んでいるわけだから、
飲むだけで歴史の住人になれる。
ノコギリ草は、Achillea sibirica (Sibirian yarrow)なので、まさにシベリアの花。
ロシア語だとトィシャチェリストゥニク アピクノベニー(тысячелистник обыкновенный)となる。
通称は凄いよ。アキレス、ガチョウの葦、草コオロギ、ユダヤ人の草、タイル草、羊の舌。
2年前に同行したイワンくんが、トラヴァ茶(трава Чай)と呼んでいた。
訳すと「草のお茶」だけど、ノコギリ草という時、この名前は妥当かもしれない。
このお茶とてもおいしい。
野の滋味がする。
ただし
日本に持ってくると、どこがおいしいのかわからないと不評である。
ま
もう少し調べてみよう。
2010年8月12日木曜日
ウラジオストクの潜水艦博物館
アバカンホテルロビーに午前3時半集合。朝6時の飛行機に乗る予定だった。
空港に行くと朝早くから売店もやっていてアルタイのホムスも売っている。
飛行機はモスクワの山火事の影響なのか1時間の遅れ。
やっと飛行機に乗れたのはいいが、席が決まっているはずなのに相変わらずの自由席状態。
これはいいかげんに直してもらいたい。
5時間のフライトでウラジオストクに到着。
その日はヒュンダイホテルでプルコギを食べ、
次の日は潜水艦博物館や展望台に行った。
夜バーに行くと、冴えない男がロシア人女性連れてダンスしていた。
後日、その人物がNHKの家族に乾杯のウラジオストク編に登場していたことが判明。
名前まで知ることになった。
日本に帰国の日、途中昼にに寄ったアルメニア料理店アララトのシャシリックはうまかった。
2010年8月9日月曜日
マントラの書かれた山
クズルの小高い山にチベット仏教のマントラが書かれている。
オム・マニ・ペメ・フム
今日これからトゥバを離れようとする日、オトクンがクルマで頂まで行くという。
すでにお坊さんまで同行している。
頂上からの眺めは360度のパノラマ。
ここに仏舎利なのか仏像なのか
オベリスクを建てる計画のようだ。
ホテル前に戻ると、
シュールー・オパールさんとナージャさん。
さらに
ホーメイセンターのゾーヤさん、キーラ、バーニャ。
アンドレイ・モングーシュなど
みんなが会いに来てくれた。
2010年8月8日日曜日
馬に乗りキシクラワーを摘まむ。
朝、外でブリヌイ(ロシアのクレープ)を焼いているの見ていたら
熱々のできたてを畳んで手渡してくれた。
「熱々は格別でしょ」
朝食のカーシャ(粥)も自然の甘味のみ。
天恵に舌鼓なり感謝なり。
そして、
ミハエルさんが馬を連れてきて、乗せてくれた。
ちょっと散歩程度の騎乗だが、
ミハエルさんがキースリッツァ(酸っぱい子ちゃん)と呼ぶベリー、
たぶんキシクラワー(アカスグリなのかな)を野で摘み、
ほんとに酸っぱい実を食べた。
実は昨晩遅く、日本語堪能なアイドゥンくんが、彼女と一緒に羊一頭を持ってきていて、
朝からバラン(羊の解体)を始めていた。
こういう時のトゥバ人の生き生きとした様子は、筆舌に尽くしがたい。
昼には完成。
最上の客人振る舞うドーシャとスープにハン(血のソーセージ)を入れて、
持参の柚子コショウもかなり合う。
ワークショップはクライマックス。
オッペイさんの言葉が多くなり、とても翻訳できないほど。
さりげなく他のホーメイジの批判も織り交ぜながら、
この出会いに大きな感謝していた。
夕方たった一泊なのに、胸いっぱいの思い出を詰めてこの地を後にした。
ほぼ全員何かの菌にやられて
おなかがかなり緩かったのに、乗り切ることができたのはなにより。
夜11時頃無事クズルに戻った。
2010年8月7日土曜日
悪路を越え、エニセイを渡ってエルジェイへ。
2010年8月6日金曜日
シュールー・オパールさんの豪華パーティー。
2010年8月5日木曜日
トゥバテレビのスタジオとオパールさんのコンサート。
エルガキ(Ergaki)のロッジから220km走り、昼過ぎにトゥバ共和国の首都クズルのブヤンバドィルグィホテルにチェックイン。
(新しいエレベーター!! )
昼食後、みんなはTyvakyzyのチョドラーのワークショップ。
ぼくは隣のトゥバテレビのスタジオを借りて、ふたりのホーメイジのレコーディング。
歌姫ナジェージダ・クーラルのお母様シュールー・オパールさん80歳記念コンサートは、
シャーマンの占いで開催をしないことになっていたが、ぼくらのために
コンサートをしてくれることになっていた。
予定は5時だったが、レコーディングが6時半までかかり、
会場にいってみると、みんながぼくの帰りを待っていた。
到着と同時にコンサートスタート。
モングンオール・オンダール
はじめ錚々たる顔ぶれによる素晴らしいものだった。
夜はチェチェックさん宅で、白いご飯、鳥肉、マンチューの豪華な食事。
家主のチェチェックさんは、ネパール旅行中で不在だったが、
息子さんがSkypeでつなげてくれた。
だけどオパールおばあちゃんのマンチューはおいしいなぁ。
2010年8月4日水曜日
奇岩の山の美しい湖
2010年8月3日火曜日
セヴェックのカルグラはほんとうに凄い。
| 送信者 Tuva2010 |
朝食後、ワークショップ。
なぜかリーダーはセルゲイ・オンダール。
ただ偶然ついてきただけなのに、一番一生懸命。
セヴェックのカルグラはほんとうに凄い。
オッペイさんのホーメイも熟練の渋味。
発音、舌の位置、喉のかたち、歌詞と盛りだくさん。
詳しい内容はマル秘。
ワークショップは行った人たちの特別な時間だ。
そう簡単に公開するわけにはいかない。
さて、昼食は昨日あきらめたシャシリックに挑戦。
早速、芋を焦がすホーメイジ。
豚肉のシャシリック厚すぎて中までなかなか焼けない。
結局、また雨が降ったりで、4時過ぎの昼になった。
でもシャシリックおいしいウォッカによく合う。
7時からは、バーニャ。白樺の枝でばっさばっさと。
2010年8月2日月曜日
トゥバの自然とホーメイを満喫する旅
ウラジオストクから5時間のフライトでアバカンに到着。
出口には、ホーメイ歌手のセルゲイ・オンダールが偶然いて握手。
彼は4年ほど前からアバカンに住んでいる。誰かを待っていたのだろうか。
預けた荷物を受け取ると、オトクン(今回の企画者)が登場。
13人乗りのバスに乗り、180キロトゥバへの道を行きエルガキ自然公園のキャビンに到着。
なぜかセルゲイも手ぶらで同乗して来た。
「こんにちは」
流暢な日本語で迎えてくれたのは、アイドゥンくん。
ウラジオストクの大学で日本語を勉強し、9月に日本に留学する予定だという。
エルガキは、ロシア共和国クラスノヤルスク区に位置している。
アイドゥンくんはトゥバのクズルからわざわざクルマを飛ばして挨拶に来てくれたようだ。
すでに今回のワークショップのマスターであるアルドェンノール・セヴェックさんとオッペイ・アンドレイさんが到着していた。
アルドェンノール・セヴェックさんは、ムングンタイガから。
オッペイ・アンドレイさんは、バイタイガから。
ふたりとも4000m級の山に住んでいる。
さて、夕飯はシャシリックのバーベキュー予定だったのだが、雲行きが怪しい。
山の天気は変わりやすく、雨がぱらつきはじめ、レストランキャビンでの夕食に変更した。
2010年8月1日日曜日
ウラジオストク行は今年からなんと成田発着便!!
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