2016年2月13日土曜日

ザ・バスハウス・ショウ

ザ・バスハウス・ショウ 2016年2月13日出演: Melt-Banana、ヒカシュー、Boys Age、the fin. and 40visual artists from around the world狛江市1-8-8岩戸南海 日本橋銭湯


この日は、清水一登が参加できず、吉森信が助っ人に来てくれた。
この企画は、ドロシー(南アフリカ出身)とエラ(オーストラリア出身)という二人の女性によって企画されたもので、
エントランスフリー。
東京狛江市の取り壊される予定の旧・日本橋銭湯を使っての一夜限りのアートと音楽のイベント。
で、こちらのギャラもフリー。
(だから来た人はせめてCD買って欲しかったが)
たぶん延べ人数は、700人くらい来たんじゃないだろうか。
こうたくさん来るとなかなかCDは売れない。
そればかりか、最初のMelt-Bananaの演奏中に、お巡りさんがひとり走ってやってきた。
一応、音が大きな順に演奏するという計画だったようなので、
そういう事態を想定していたのだろう。
Melt-Bananaの演奏は20分くらい。映像も相まって轟音の渦が心地よかった。
AgataくんとYasukoさんと久しぶりに会えて、話せた。


お巡りさんは帰り、ヒカシューもセッティングし、ドロシーさんに
「なるべく小さな音で演奏してください」と言われたのだが、
正直不可能に近い。
「じゃ、小さい音から始まって・・」
とみんなに指示した自分が、のっけからヴォイスで突っ走ってしまった。
25分ほど演奏したところで、メンバー紹介をして、もう一曲やろうかと思ったら、
どうやらお巡りさんが3人来たようで、これで演奏を終えた。

なにやら幻のようなイベントだったから、
きっとずっと語り続けられるんじゃないだろうか。

Time out Tokyoのレポートはこちら


P.S.
主催者のおふたりは、近隣にかなり前から挨拶回りして、この日もたくさんの近所の人が、次の日壊されてしまう銭湯を目撃にきています。念のため。


2016年2月11日木曜日

大野慶人さんとエストニアのティートと BankArtで。


from left Eloise Kask, Koich Makigami,i Yoshito Ono, Teet Kask

大野慶人
レクチャー・パフォーマンス「それはこのようなことだった」

初めて土方巽の作品「禁色」に出演した時、の
からだを固くするというダンスの方向、
飛翔ではなく、重力という方向。
そして鶏を押さえて「ジュテーム」と耳元で土方が3回言ったこと。
そして、舞踏譜を語りながら実演してくれたパフォーマンス。
すべてが興味深かった。

友人のエストニアの振付師のティートとそのお嬢様も感動。





T.H.Eダンスカンパニーの「オーガニック・カオス」

エストニアの演出家で振付師のTeet KaskとBankArtで待ち合わせして、赤レンガで開催中のYOKOHAMA DANCE COLLECTIONに参加しているシンガポールのT.H.Eダンスカンパニーの「オーガニック・カオス」というダンスを観た。カンパニーの芸術監督のクィック・スィ・ブンとレジデンス・コレオグラファーのキム・ジュドクとの対話によって生まれた作品だという。
「不条理で混沌とした世界における、普遍的な人間の有り様、社会情勢への呼応がコンセプト」とのこと。
で、最初日本の女の子6人がパンツを見せながら踊り始めたのには驚いた。ちょっと気恥ずかしい感じで、あれって思ったが、これはただの前座だった。
オーガニック・カオスは、上手前方に新聞の山があり、その後ろに寝たダンサーの口にハモニカを置くところからはじまった。ドーンというマイクを叩く、ビジネスマンのような二人組。バスドラのような低音はマイクを叩く音。
オーガニック・カオスは、すべての音をマイクとそのエコー、ハーモニカで作っていく。
ダンスがありものの音楽を流すのではなく、ダンサーが音を紡ぐのは、音楽以上の効果がある。作品は即興の積み重ねによってできあがっているようで、その効果をみながら構成されているのがわかる。
動き、音のアイデアは、ヨーロッパのダンスカンパニーに似たところがある。
彼らはヨーロッパのダンスシーンから多くを学んだのではないか。
しかし、後半はアイデアが繰り返しになり、発展していかなくなったのは残念だ。観客の興味をつなぎ止めるには、もうひとつ必要だ。あるいは短く終わってもいいのではないだろうか。

湯河原宮上幼稚園造形展の素晴らしい構成


2016年2月9日火曜日

今日も横浜のBankArtで開催中のTPAMに行った。

今日も横浜のBankArtで開催中のTPAMに行った。特別鼎談「新しい広場」スピーカー:姜尚中、平田オリザ、モデレーター:岡田利規 を聞く。

姜尚中は熊本県立劇場の館長に就任したて。平田オリザはハンブルグでオペラの作演出してきた。モデレーター向きとは言えない岡田利規も世界各国で上演している。こんなことなかなか知りようがないのは何故なのか。
姜尚中は、日本にわくわくする広場が失われた、という。最近しばらく赴任していたライプツィッヒには、まだそんな広場があるという。
平田オリザは、成功している瀬戸内国際芸術祭で北川フラムに、地元のアーティストを使えと言った香川県議員の、わかってなさを指摘した。
平田オリザは、サッカー選手が地元から世界へ行き、勝負できるようになったことを挙げ、地方の劇場でも、そのつもりがあれば可能性があるが、現実はまだ意識が低いと語った。
ぼくはとあるS劇場の優れた芸術監督だったライプツィッヒ出身のPのことを思い出した。同じT学園に務めるとある准教授のやっかみで、根も葉もない怪文書が出回ったことがあった。意識が低いどころかタチが悪い。


Jazz Art せんがわのようなあり方もギリギリで成立している。

これを続けさせてくれている調布市には感謝しているが、

予算が半額になった時は、もうできないと落ち込んだものだ。

しかしミュージシャンの友情だけで危機を乗り越え、

世界に恥じないフェスティバルを作ろうとしている。

フェスティバルは小さな町を世界に羽ばたかせる力を持っているのだ。


KAATに移動して、マレーシアのマーク・テのBalingを観劇。1955年のバリン会談の再現は、レクチャースタイルの演劇のスタイルで上演された。内容はとても衝撃的だった。
マラヤ共産党のチンペンの亡命先のタイでの晩年のインタビューはさらに驚きだった。
年老いたチンペンにあったのは、空白だった。
その空白の中、「自分はマレー人だ。マレーに帰りたい」とはっきり語ったのが印象的だった。国家及び政治によって引き裂かれる人間性は、現代の大きなテーマとして響いてくる。

終演後は、県民ホールに移動。
シンガポールの10人編成のジ・オブザバトリーを観る。
ジ・オブザバトリー 謳い文句が凄い。
ノイズ、ロック、そしてメランコリー。動揺し分断された共同性。抑圧の新たな形式が抵抗の新たな戦略とぶつかり合う場所。
実際は、ガムランとサイケロックの融合であるが、
ステージに身体の躍動が皆無なのはなぜなんだろう。
演奏や演奏者にオーラがないのが気にかかる。
優等生のような初心者のような(熟練しない)ミュージシャンたち。
リバーブがかかりすぎた歌声。
音程が少しはずれたコーラス。
それにかぶさるように映写される模様の変化だけの映像。
楽しめない訳ではなく、ほどよく悪くなくて、褒めるほどでもない。
この既視感は何なんだろう。
違う時代にいる感覚が呼び覚まされたとも言えよう。

シンガポールの人間が、ガムランを音楽に導入する時、歴史的にそこにはなにか特有のためらいがないだろうか。そういうことを知りたい。
彼らは、現代音楽の立場からガムランに接近したルー・ハリソンやラ・モンテ・ヤングのことはどう思っているのだろうか。
いやいや、たぶんもっとシンプルな動機だろう。

これはアジアからのアンサーだと言えるだろうか。
(そういうつもりもないだろう。おそらく教養が共有されず、分断されている。論評するものすらいない。もっと安易に納得しない思考を鍛えたい。)


いろいろ考えさせられた日であった。


恩田晃ディレクションによるTPAM初の音楽プログラム。

恩田晃ディレクションによるTPAM初の音楽プログラムを観てきた。
芸術見本市の頃は、副島輝人氏が幾多の日本のフリーなどを取り上げていたが、会場が横浜になり名前もTPAMになってから音楽プログラムは初めてである。「Music Opening Night」というはじまりのはじまりは、まさに原初の音のはじまりに、耳を拓くものだった。
鈴木昭男の創作音具によるパフォーマンスは、BankArtの3階のがらんとした広く冷たい部屋ではじまった。コンクリートの床を歩く瓶の操り人形師のような鈴木昭男。音はコロンクルンと、素敵な音階を奏でていく。
彼は、短い笛をピーっと鳴らしたかと思えば、ヒュルンとならし、さらにはそこに声を入れ、穴の開閉で反響にフィルターをかける。
スプリングエコーの創作楽器アナラポスは空間を深海に誘うミラクルな響き、声を放り込むと、エコーし、擦れば宇宙の音がする。発泡スチロールの薄い板擦り、ボックス擦り、おかしな鳥のように鳴るミラー擦りと、観客の間を、縫うように次々と音を紡いでいった。
奥の部屋には堀尾寛太のセットがテーブルに置かれていた。
揺れる風船が瓶に当たる。その音をマイクで増幅させ、旋回させ、周期を作りLEDライトで、明滅させる。さながら魔法使いか、新手の夜祭りのテキ屋の如き音のつながりで、人を煙に巻く。見ているのか、聴いているのか、どっちでもないようなあやしさがあった。
さて、トリは、インドネシアのビン・イドリス。アコースティックギターに思い切り空間系のエフェクトをかけて、弾き鳴らし、時折高い声で歌う。とびきりへたくそである。それも中途半端に。電子チューナーでチューニングしているのだが音が狂うのは、ギターのネックの調整ができていないからに違いない。歌やギターがうまければうまいで情緒的なものに流れることもあるわけで、これは彼が彼なりにたどり着いた不思議な境界の表現なのかもしれない。
ここに集められた3組は、音楽の生まれる瞬間、落ちていきそうなものを捉えようとしている。
すきまのすきまに読むべきもの。
聴くべきものが提示されていた。
しかし、TPAMの音楽部門、もう少し充実させてもいいのではないだろうか。一部のダンスや演劇に偏りすぎている感がなくもない。だいたい海外から音楽部門のキュレーターは皆無に近い。
これを機会にせめてもう少し音楽をプログラムを拡大して欲しい。

巻上公一

2016年2月7日日曜日

ピチェ・クランチェン・ダンス・カンパニーの『Dancing with Death』

タイ東北部のルーイ県で開催されるピーターコーンフェスティバル。ピチェ・クランチェン・ダンス・カンパニーの『Dancing with Death』は、その伝統的な祭りをヒントに制作されたという。仏教の説話を元に、厄払い、ご利益を得る祭りらしい。また、雨乞いの意味もあるという。「ピー」は霊、「ター」は目、「コーン」は仮面劇という意味。奇妙な仮面を纏った人々によるパレードだ。会場に入ると、早くもピーターコーンの獅子舞のようなものが出迎えてくれている。なんだかそれは、いていいのかわるいのか、みえているのかいないのか、わからない存在のような佇まいだ。ステージには、まるでメビウスの輪を思わせる楕円状の装置。この上に上がる行為がひとつのイニシエーションのようであった。ちょうどトルコの旋回舞踊のはじまり、旋回する前に黒い装束を脱ぎ、白くなり、肩をさわられて旋回していく様子に似ていた。

2015年12月23日水曜日

ヒカシューのクリスマス 妄想の綱引き

妄想の綱引き

リトアニアでテイクアウトしたカライメイ族の食べ物キビナイ。
カムチャツカでイテリンメン人のキャンプでいただいた鮭のウーハー。
アルハンゲリスクから23時間乗ったレトロな食堂車のボルシチ。
モスクワの深夜レストランのフォルシュマークなる刻みニシンのパイ。
世界にはまだまだぼくの知らない魅力の味が山ほどある。
食べ物の妄想は人々を人間らしくさせてくれる。
音楽もしかり。見知らぬ楽器から紡ぎ出される異次元の旋律。
その妄想はとどまるところを知らない。
能の幽玄からシェークスピアの饒舌。アルタミラの洞窟からナスカの地上絵。
アマゾンに住むピダハンのハミングからエスキモーの喉声遊びカタジャック。
クマムシの外来遺伝子からアフリカコンゴの平和なボノボまで。
妄想の果てを行き来し、ぼくはひとり喉歌ホーメイを唸る。
豊かな妄想は人間を人間らしくし、ピースフルな響きそのものだ。
その一方、人々に死をもたらす危険な妄想が世界規模で蔓延しているのも事実だ。
原子力、遺伝子操作、金融システム、戦争。
ダメなことがわかっても止められないダークサイドの引力で、洗脳され日々労働に励んでいる。
世界の未来をみつめると、その妄想の先は地球の死だ。
この妄想の綱引き。最高の想像力で変えていけるとぼくは信じている。
まだまだ人間には使っていない力があるはずだから。
クリスマスの前々夜。
みなさんの妄想とぼくらの妄想の白いシャーマン力で世界の闇を照らしましょう。
ヒカシューの妄想クリスマスお楽しみください。

巻上公一

2015年9月11日金曜日

カムチャツカのイテリメン人のお祭りに行ってきた。




9時に迎えが来て、朝食。
近くの公園が会場。
10時からリハーサル。

売店の用意も始まる。
オオカミなのかな、
毛皮を吊るしてる。
白樺細工や毛皮の帽子や熊の爪のキーホルダーや。

アルハララライがステージとは別の原っぱではじまった。
火がたかれ、カラスの神さまなのか
草を被って、歩いてくる。
白樺のトーテンポールが立てられ、
鳥の声で踊り
悪魔を蹴散らす喉歌とトナカイの皮の太鼓のリズムがうねる。
カズーのような音の楽器はは何だろう。
気になる。

男と女の触れ合いのダンスは官能的。

最後は 白樺の葉の輪をみんなでくぐる。
そしてアルハララライと叫ぶ。
女子はアルルーと応える。

お腹が空いて
シャシリック ボロットが奢ってくれた。
会場に日本人が。川崎の風力発電の人たちだった。
日本語をかたこと語る考古学者のフョードルさん。

しかしイテリメンの人たちは中腰でずっと踊り続けて
かなりの体力。

コンサートでは、ベロニカの口琴とかエベンキのウラジーミルさんとか
すばらしいパフォーマンス。

ぼくたちも10分ほどのステージだったけど、
ボロットの歌、マサの太鼓、ぼくのテルミンの組み合わせは新鮮だったようだ。
CDをゴルノショールのおねえさまが売ってくれて
なんと6枚も売れた。
高いのでまさか売れるとは思っていなかったのでよかった。

パフォーマンスが終わり、夕飯を食べ、
バスに乗る。
ぼくらは今度は赤いバス。
これが大変だった。

しばらく走ると
ビールを飲んだサーミの男の子とダンサーの女の子が
おしっこがまんできなくなり
身をよじらせはじめた。
こちらの近くにお尻があり、
危険だなぁと思っていた。
運転手は止まってくれず、
彼らはペットボトルにおしっこしたらしい。


その後、休憩後、走り始め快調だったが、
途中でタイヤがおかしくなり
ジェットコースターみたいな激しい左右に揺らされ、
全員が悲鳴をあげた。

2015年9月10日木曜日

コリャーク人のアナトリー君 によれば



朝 カムチャツカのまるで富士山のような山々が窓から見えた。
















ケフィール、スメタナ、パン

10時にアナトリー君が来て、事務所へ。
所長さんと対面。
祭りの準備で電話に明け暮れていた。

昼はシャルマルを買って家で。


















3時半にバス停集合3時45分にバスが来るらしいが、ぜんぜん来ない。
4時すぎにバスに乗り込む。

どういう人たちかわからないが
こんにちは
と挨拶。
イテリメン人の人たちのようだ。
コリャーク人のアナトリー君によれば
イテリメン人は髪がカールしているので、すぐわかる
と言っていたが、そう簡単には、わからなかった。

2時間ほど行った休憩所は、たくさんの食べ物屋があった。
ピロシキの店で、りんごとサクランボのピロシキとチャイを注文。
モルスとセミチキーひまわりの種を買う。
しばらくすると赤いもう一台のバスが到着。そこにボロットがいた。
ベロニカは知ってる? 喉歌が凄くてモスクワで有名なんだ。
知り合いが、みな邂逅に抱き合っている。
そこからさらに3時間以上かかり、エリゾヴォの町に到着。
全員で夕食。














ぼくはボロット、音響のヴィクトール、
エベンキのスター ウラジーミルホメンコ、
そしてイテルメン人のロシア国民芸術家のイオシフさんパイチレイさんとバーニャ付きの家へ。

2015年9月9日水曜日

ペトロパブロフスクカムチャツキーに到着。



タクシーでハバロフスク空港へ。
国内線のペテロパブロフスクカムチャツキー行きは、早めに着いたつもりなのに結構並んでいた。

ペトロパブロフスクカムチャツキーに到着。出口に日本語のできるアナトリー ソローキン君が出迎え。
まずは近くの「ここからロシアが始まる」と書かれた熊がシャケを咥えている像に案内してくれた。
晴れているとアバチャ山、コリャーク山が見えるらしい。あいにくの曇り。
写真を撮ろうとしていたロシア人の人が
どこから?中国人?ときいた。
飛行場はエリゾヴォというところにある。
ペトロ市まで30キロある。

市内に到着して着いた所はホテルではなく、クバルチーラだった。4階の28号室。

夕飯を食べに中心へ。
まずはUSBwifiを700ルーブルで購入。1500円くらい。
そして紹介してくれたレストランは、和食やまと。
いくらなんでも、到着そうそう日本食はないだろうと。
ほかを探すものの、ピザとかシャマルとかしかない。仕方なくやまとへ。



2015年9月8日火曜日

カムチャッカに向け出発

朝 8時55分の東海道線に乗って品川から成田エクスプレスに。
品川でサンドイッチとかコーヒー買う。


今日はハバロフスクへ。

s7の機内食。
先月と同じ。
パンとカルバッサー。

空港出口にガタイの良いお兄さんがアリランホテルのカードを持ってわれわれを待っていた。アウディクワトロに乗って期待出来ないホテルへ。

お兄さんは親切で、町の説明をしてくれた。

ここから中心だよ。
映画館だ。
アムール通りを行くとアムール川だ。
シャケが中国に泳いでいく頃だ。

町の中心を通り抜け、小高いところにクバルチーラばかりがあった。
ホテルはないだろうというあたりに止まり、道を間違えたと、少し引き返し、アリランホテル知りませんか?と、道行く人に尋ねた。まさかのすぐそこ、クバルチーラ群の中にぐんと冴えない入り口のアリランホテルがあった。
ホテルの受付は、予想に反して、ロシア人だった。

2015年8月10日月曜日

トゥバの総理大臣(Шолбан Кара-оол )さんを囲んで



トゥバの総理大臣(Шолбан Кара-оол )さんを囲んで
ホーメイフェスティバルに参加する各国代表とともに。

2015年8月5日水曜日

リニューアルされたアジアの中心の塔



今回のトゥバ訪問で、ショックを受けたのは、アジアの中心の塔が変身していたことだった。
ブリヤートの作家のデザインらしいが、なんともかっこいいものになっていた。
以前の素朴なオベリスクが恋しいものだ。




2015年4月19日日曜日

子どもと大人のためのスプリング・スクール

2015年子どもと大人のためのスプリング・スクール開催
〔田口ランディ, 巻上公一〕 


2015年4月16日木曜日

2015年3月22日日曜日

わたしはわすれない




フロッタリングする白川さん。

どんぐり林での玉川上水ライフらいんPROJECT主催
「Life Life Life 暮らす/生きる/いのち」

白川昌生、クリストフ・シャルル、巻上公一

レポート http://tamagawajousuilife.blog134.fc2.com/blog-entry-82.html