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2010年9月21日火曜日

カオリのオカリナ

カオリさんの作るオカリナ 写真だけでは分かりにくいので
ムービー付けました。

アルタイの町にトリオのポスター

ノボシビルスクから
アルタイ共和国の首都ゴルノアルタイスクまで車で9時間。
ノボシビルスクの通関が厳しくて長蛇だったため
着いたのはもう夜。

一夜明けて、新しくできあがったドラマシアターに行くと
われわれのトリオАЯ(アヤ)のポスター、しかもかなり大きい。



UN(国連)の事務所に行き、友人に会いハワイコナの珈琲をご馳走になる。
バニラの香りのするフレーバー珈琲は、いまひとつアルタイ気分に似合わない。
お昼からドラマシアターで記者会見が行われた。
アルタイテレビの取材も受け、
アルタイ日本文化センター<キン>を立ち上げたエドワードさんにも対面。
<キン>は、金のことかと思ったが、どうやらアルタイ語で「へそ」という意味とのこと。
キリル文字で書くとКИНだ。



夕方、グレゴリーという人を乗せて少し郊外へ。
アルジャンスーという湧水で有名な土産物屋が軒を連ねるところを見学。
口琴の看板が目に入った。

そこからもうしばらく東へ行くとチェマルという村がある。
ここにグレゴリーの友だちでユダヤ人のカオリというアーティストが住んでいて、
ユニークな形のオカリナを作っている。
ボロットは彼女の作品をステージで使っていて、そのフォルムには見覚えがあった。
シャーマン風の太鼓もあり、
マサが叩いて「いいなぁ、でも重い」
「いくらなんだろうね」
マサの妻である香ちゃんがカオリの写真を撮る。
「イスラエルの歌謡曲に昔ナオミの夢ってのがあったよねー」
「あっちの名前かな、ユダヤの」
オカリナも含めけっこういい値段がしたので、ひとつも買わずに
グレゴリーさんの家に。
部屋にあった普通のコンガを指して、
「これ使ってもいいよ」
マサは困惑。「シャーマンの太鼓はほしいけど、コンガはいらないな」

2010年9月20日月曜日

【АЯツアー】 ノボシビルスクに到着



はじめてのАЯアルタイツアーにわくわくしていた。
今年の春、アルタイ共和国を代表する歌手ボロット・バイルシェフを日本に呼んだ際、
アルタイに日本文化センターを作る話があり、そのオープニングに合わせて、
АЯの公演をしようとという話があった。
だいたいの日程を決め、飛行機の予約に入り、
8月の上旬に北京経由のシベリア航空のチケットを購入した。
ところが、
8月の下旬になって、ボロットの代理チャガットから今度のツアーをキャンセルしたいとメールがあった。
ボロットは病院にいる。文化大臣との交渉にも失敗したとあった。
出発1ヶ月を切っていた。
ぼくが購入した航空券は、払い戻し不可のもの。
このまま無駄にするのもったいない。
コンサートはなくてもいいから、とにかくアルタイに行くので招待状を出して欲しいと返信した。
そして、なんとかビザを取得し、北京経由で無事ノボシビルスクに到着したのである。

2009年1月11日日曜日

アルタイ共和国

アルタイ共和国がワイドショーで連呼されている。
ありえない事態である。
なんでも、
女優の沢尻エリカさんとメディアクリエーターの高城剛氏が昨年、
アルタイ共和国に一緒に、皆既日食を見に行ったんだそうだ。
ぼくはアルタイには4回ほど行き、
アルタイの歌手ボロット・バイルシェフのCDをプロデュースしたりしてきたので、
アルタイと聞くと他人事ではない気分なのである。
ぼくは昨年のその時期は、
隣国のハカス共和国の首都アバカンで皆既日食を迎えていた。
アルタイのボロットから電話があり、
「何でアルタイに来ない?」と言われていたのだが、
アルタイで高城君がロマンチックなプロポーズをしていたなんて
つゆ知らぬことであった。
アルタイはロシア中央政府の手厚い支援で観光立国をめざしており、
今後、日本人もアルタイに注目してくれたら、
とてもうれしい。
しかもふたりはすくに結婚式とのことで、
こんなめでたいことはない。
アルタイ語で乾杯をしたい。
チェ!