ニューヨークのジャパンソサエティでの公演はもう3回目になる。
最初は、ジョン・ゾーンのレーベルTZADIKののイベントNEW VOICE FROM JAPAN(2006年)で
EYE,灰野敬二、巻上公一の3人に、ジョン・ゾーン、ジム・オルーク、マイク・パットン、イクエ・モリ
という豪華な布陣。(この時は水ぼうそうになってしまい、みんなに迷惑をかけてしまった)
2008年には、イクエさんのニューヨーク活動30年を記念したイクエ特集に参加。
ジーナ・パーキンス、シロ・バプティスタと共演。イクエさんの黄表紙シリーズでの口上などを初演。
そして、やっと自分のバンド ヒカシュー とともにニューヨークに来ることができた。
度重なるジャパンソサエティの塩谷さんとのミーティングで、
ヒカシューをどう紹介するかを熟考した。
いろんなプランがあった中、可愛らしい篠原ともえさんを加えるという方向に落ち着いた。
篠原さんの音楽活動を支えているスティーヴ・エトウにも同行してもらうことも依頼した。
最近のヒカシューは実にフレキシブルになっている。
歌、即興、その緩急を自在に行える。自分はさておき、すごいメンバーだ。
この中に篠原さんを置くわけにはいかないので、
篠原ともえのステージとヒカシューのステージは完全に分けることにした。
そして、ぼくは彼女のステージには出ないでいようと考えた。
ヒカシューのメンバーは、彼女のステージすべてに参加し、ミュージシャンらしさを演じていた。
ライブには、ジョン・ゾーン、イクエさん、ジーナ、シェイナや、エンジニアのマーク。
パフォーマーの中馬さんなどニューヨークの友人たちが多数観に来てくれた。
最初のスティーヴのソロに佐藤正治も加えたら、ふたりはパーカッション叩くのそっちのけで
ヴォイスパフォーマンスをはじめてしまった。
構成がわかってないんだなと思ったけど、これはぼくの説明ミスだ。
はじめに打楽器によるプロローグ、可愛らしい篠原ともえ、そしてヴォイスはヒカシューまで
とっておかなければと思っていたのだが、仕方ない。
篠原ともえのステージは可愛らしさ120パーセント。歌も衣裳も手作りなともえワールドが出現した。
ヒカシューは、最初インプロヴィゼーションからスタートした。暗く深く。
やはり311の大震災とその後の福島の状況は深刻なものがあり、表現者はそれを乗り越える力を自然に創出させる。
「キメラ」という歌は、歌詞を英語にして曲の中でナレーションした。
経済はあらゆる細胞を実験台にする
警告は誰もが生活を理由に無視をした
2011年5月13日金曜日
2010年7月30日金曜日
フジロック雨そして快晴の変化
吉祥寺のGOKでリハをして、苗場に前日入りして、ずぶ濡れで食べたカレー。
スタッフの手違いで10分早くはじまったステージ。
ヒカシューのTシャツとぼくはヨーガンレールにフジロック用に提供していただいたTシャツ。
フジロックにパタフィジックな音楽を持ち込めたかな、ヒカシュー。
やっぱりリハした曲はやらなかった。
なんていいかげんヒカシュー。
いろんな友人たちにも会えたのはうれしい。
意外にいっぱい集まってくれて感謝します。
撮影 池田“Soulgraph”まさあき
2010年3月29日月曜日
声の洞窟さがして3日間。
2010年1月21日木曜日
サーメ人のヨイクという歌
今年最初のコンサートは、Inga Juuso (インガ・ユーソ)& Harald Skullerud (ハラール・スクレルー)を
湯河原 檜チャリティーコンサートホールに招いてヨイクという独特の歌のコンサート。
当初はSKAIDIというインガ・ユーソさんとコントラバスのスタイナー・ラクネスさんとのDUOの予定だった。
ところがスタイナーさんの双子の子供が病気だということで、急きょハラール・スクレルーさんが来ることになった。
オープニングは、
ぼくと牧野持侑さんのクリスタルボールのDUO。
ぼくはテルミンで静かにクリスタルの音色に寄り添ってみた。
檜ホールの深い残響で、音が溶け合い、海の底にいるような感覚。
続いて インガ・ユーソさんの喉を転がしながらの自然や動物の歌は、
ハラール・スクレルーの素晴らしいサポートで太古の記憶を運んだ。
アンコールはこの4人で即興的に音を紡いだ。
溶け合うような至福の時間。
湯河原 檜チャリティーコンサートホールに招いてヨイクという独特の歌のコンサート。
当初はSKAIDIというインガ・ユーソさんとコントラバスのスタイナー・ラクネスさんとのDUOの予定だった。
ところがスタイナーさんの双子の子供が病気だということで、急きょハラール・スクレルーさんが来ることになった。
オープニングは、
ぼくと牧野持侑さんのクリスタルボールのDUO。
ぼくはテルミンで静かにクリスタルの音色に寄り添ってみた。
檜ホールの深い残響で、音が溶け合い、海の底にいるような感覚。
続いて インガ・ユーソさんの喉を転がしながらの自然や動物の歌は、
ハラール・スクレルーの素晴らしいサポートで太古の記憶を運んだ。
アンコールはこの4人で即興的に音を紡いだ。
溶け合うような至福の時間。
2009年12月26日土曜日
ヒカシュークリスマスミーティング
2009年10月30日金曜日
ヒカシュー渋谷クアトロ
ヒカシュー渋谷クアトロは、
ジューシィ・ハーフのとても素敵なステージではじまり、
企画して本当によかった。
いきいきとしたものがよみがえり、弾けていた。
そもそものはじまりは、
イリアがアマチュアの合唱団にいて、
高橋悠治のパーリ語の合唱曲のこことで
連絡してきたことだ。
どうも曲を短くしたいということらしいのだが、
それで連絡先を教えてあげたりした。
そこで最近ジューシィ・ハーフというのをやっているという
ニュースを耳にして、
ぜひクアトロのヒカシュー公演に出てほしいとお願いしたのだ。
すぐに快諾はしてもらえなかったが、
悩んだ末のいい返事をもらえた。
結果
ジューシィ・ハーフの魅力的なステージが目の前で実現した。
イリアは、声もギターも出で立ちも、デビュー時のものをすべて持っていた。
トシは、ステージ上で自分が参加しているヒカシューの1stと2ndを宣伝してくれたり、
いつものいいやつぶりを発揮していた。
また
ベースのジェフ氏 ギターのAkishiro氏という好サポートを得て
瑞々しさが際立っていた。
ヒカシューは、三田超人のへんてこダンスからはじまった。
それはステージに登場する30秒くらい前に決まったが
すぐにやってくれるフリーマンは偉い。
途中息切れしてこっちにでてくれと懇願しているフリーマンが見えたので
さりげなく出て行きステージをはじめた。
会場はジューシィ・ハーフが作ってくれた素敵なオーラが満ちあふれていて
会場に一体感があったので、とてもやりやすかった。
応援してくれる人が一人でも多いと、うれしいのが人情である。
この日は
ヒカシューとジューシィを世に出した近田春夫氏も招待した。
ちょうど近田さんがロングインタビューを決行中の裕也さんも
なぜかかけつけてくれた。
アンコールも3回。
楽屋に裕也さんが来て、なにかただならぬオーラをだしていた。
裕也さんは当日券を買って入ってくれたらしい。
裕也さんは
「ヒカシューはやっぱフランク・ザッパ(マザーズ)だな。寺山とも共通のものを感じるよ」
30年前にも言われたことを繰り返してくれた。
これもやけにうれしかった。
12月には近田さんと相対性理論にゲストに来てもらうことにした。
これシリーズ的に続くと面白いなぁ。
ジューシィにもまた来てもらいたいし。
たくさんのすばらしい友だちも来てくれてうれしい一夜だった。
ジューシィ・ハーフのとても素敵なステージではじまり、
企画して本当によかった。
いきいきとしたものがよみがえり、弾けていた。
そもそものはじまりは、
イリアがアマチュアの合唱団にいて、
高橋悠治のパーリ語の合唱曲のこことで
連絡してきたことだ。
どうも曲を短くしたいということらしいのだが、
それで連絡先を教えてあげたりした。
そこで最近ジューシィ・ハーフというのをやっているという
ニュースを耳にして、
ぜひクアトロのヒカシュー公演に出てほしいとお願いしたのだ。
すぐに快諾はしてもらえなかったが、
悩んだ末のいい返事をもらえた。
結果
ジューシィ・ハーフの魅力的なステージが目の前で実現した。
イリアは、声もギターも出で立ちも、デビュー時のものをすべて持っていた。
トシは、ステージ上で自分が参加しているヒカシューの1stと2ndを宣伝してくれたり、
いつものいいやつぶりを発揮していた。
また
ベースのジェフ氏 ギターのAkishiro氏という好サポートを得て
瑞々しさが際立っていた。
ヒカシューは、三田超人のへんてこダンスからはじまった。
それはステージに登場する30秒くらい前に決まったが
すぐにやってくれるフリーマンは偉い。
途中息切れしてこっちにでてくれと懇願しているフリーマンが見えたので
さりげなく出て行きステージをはじめた。
会場はジューシィ・ハーフが作ってくれた素敵なオーラが満ちあふれていて
会場に一体感があったので、とてもやりやすかった。
応援してくれる人が一人でも多いと、うれしいのが人情である。
この日は
ヒカシューとジューシィを世に出した近田春夫氏も招待した。
ちょうど近田さんがロングインタビューを決行中の裕也さんも
なぜかかけつけてくれた。
アンコールも3回。
楽屋に裕也さんが来て、なにかただならぬオーラをだしていた。
裕也さんは当日券を買って入ってくれたらしい。
裕也さんは
「ヒカシューはやっぱフランク・ザッパ(マザーズ)だな。寺山とも共通のものを感じるよ」
30年前にも言われたことを繰り返してくれた。
これもやけにうれしかった。
12月には近田さんと相対性理論にゲストに来てもらうことにした。
これシリーズ的に続くと面白いなぁ。
ジューシィにもまた来てもらいたいし。
たくさんのすばらしい友だちも来てくれてうれしい一夜だった。
トゥバクィズィ来日公演からヒカシュー
トゥバクィズィ9年ぶりの来日。
彼女たちの上達ぶりに感心した。
9年前は、不安でアンドレイやナデージダ・クーラルをゲストにしたことを思い出す。
しかし、いまもうそんな不安はまったくないすばらしいステージができるグループに発展した。
東京公演と名古屋の入りが悪くて赤字になってしまったのが実に痛いが
今後につながるいいステップになったと思う。
その彼女たちの公演が続いてる中
ヒカシューのツアーがはじった。
2009年7月8日水曜日
2009年6月23日火曜日
ここちよい現代音楽の温泉に浸る。

(写真小熊栄)
湯河原現代音楽フェスティバルvol.1当日。
檜チャリティコンサートホールにたくさんの人。
地元の協力を得ることが出来て、当日は熱気があった。
出演は、ピアニストの高橋悠治、ヴァイオリンの鈴木理恵子
シルヴィー・コルバジェ、モリイクエ、巻上公一の5人。
中国の高平は残念ながらこれなかった。
おかげといってはなんだが、シンプルな構成になったのはよかった。
司会は、作家の田口ランディ。
田口さんのおかげで、いろんなお客さんを動員することが出来たが、
耳慣れない音楽であろうお客さんが増えたのが心配ではあった。
このへんはいつも矛盾した気分になる。なにしろ万人向けの音楽ではない。
しかしたくさんの人にきいて欲しい。
81歳の女性が、「素晴らしい」と感動する傍らで、
癒しの音楽しか耳に馴染まない人もいる。
「わかる」とか「わからない」にしかこだわっていない人もいる。
もちろん寝てしまった人もいる。笑い続けた人もいる。
そのさまざまな観客を前にして、
今日の演奏者は、本当に巧みな名人たちであるのは、夢のようなことだ。
曲目は、
高橋悠治氏にぼくがリクエストした武満徹の「妖精の距離」。
そこから出発して、
「七つのバラがやぶにさく」「悲歌」
「パランセ」「光州」
アントニオ・カルロス・ジョビンまで
常識を覆す強いメッセージを持った演奏に息を飲んだ人も多いはず。
シルヴィーのソロピアノもいつになく素晴らしいものだった。
内部奏法をこんなに華麗にする人を他に知らない。
アグラダルマは、白い蓮のための即興曲と題してインプロヴィゼーションを3つ。
北海道、関東、京都を回ってきての最終日の演奏だ。
今日は、シルヴィーがセンターに位置した。
モリイクエさんの、独特のエレクトロニクスの世界は唯一無比。
なにしろエレクトロニカの本当の先駆者である。
続いて、全員の即興をした。
悠治さんの奇襲のようなクラスター。
いずれにしろ湯河原で現代音楽のフェスティバルができたのは
本当に奇跡のようなことだった。
写真小熊栄)
2009年4月10日金曜日
コブラ終えてこぼれ桜の目黒川
昨晩のピットイン。
2年ぶりに来日したジョン・ゾーンの公演とあって、200枚のチケットは早々に完売。
1セット目は、ジョン・ゾーンに、大友良英、ジム・オルーク、巻上公一の4人によるインプロ。
2セット目は、ジョン・ゾーン プロンプターによるコブラ。
メンバーは、
向島ゆり子(Violin) 四家卯大(Cello) 佐藤芳明(Accordion)
伊澤知恵(Piano)鳥越啓介(Bass) 佐藤えりか(Bass)
神田佳子(Percussion)ぴかちゅうりっぷ(Drums)
植村昌弘 (Drums)大友良英 (Guitar)ジム・オルーク(Guitar)
巻上公一(Voice,オーガナイズ)
すばらしく豪華な時間を過ごすことが出来た。
当初は、コブラをやるつもりはなかったのだけど、
ピットインの鈴木さんのつよい希望で急遽することになって、
人選にはかなり苦労した。(なにしろ時間がなかった)
それでもジョンも大満足できるレペルの演奏になっていて
ほっと一安心した。
この成果のおかげで、来年はもう少し発展したことができそうになってきた。
だいたいいまやヨーロッパなどでは、
ジョン・ゾーンの大きなフェスティバルが数多く組まれているのに
日本のイベンターのふがいなさといったら、なんなのだろうかと思う。
エレクトリックマサダやムーンチャルドやストリングスや
人気のプログラムが目白押しである。
日本では、ピットインだけが本当に誠意ある対応しているから
信用を勝ち取っているのだろう。
さて
昨晩のいい気分をかって
今日は目黒川をさくら散歩をした。
P.S.
当日は混雑しましたが、ご協力ありがとうございました。
2009年4月8日水曜日
JAZZ ART せんがわのポスターができた。
JAZZ ART せんがわのポスターができた。
3日間の通し券を買うと、プレゼントしてくれるらしい。
今年からすぐ近くのCAFE キックバックカフェもフェスティバルに参加。
6月11日が前夜祭で、12日にはK0NTA 13日にはパスカルズとカルメンマキが出てくれることになった。
このCAFE 完全禁煙、ノンアルコホール、授乳室完備、ヴィーガンメニューという
なかなか進んだところである。
3日間の通し券を買うと、プレゼントしてくれるらしい。
今年からすぐ近くのCAFE キックバックカフェもフェスティバルに参加。
6月11日が前夜祭で、12日にはK0NTA 13日にはパスカルズとカルメンマキが出てくれることになった。
このCAFE 完全禁煙、ノンアルコホール、授乳室完備、ヴィーガンメニューという
なかなか進んだところである。
2009年3月30日月曜日
Humcrushを熱海駅まで
いまハムクラッシュのふたりを熱海駅まで送ってきた。
たった3回のライブだったけど、強い印象を残したと思う。
ノルウェー人の気質、彼らの音楽教養の高さが、
おおらかなノイズ、エレクトロニカを形成している。
それが物足りない人もいるだろうが、
いっさいのケレンまた反ケレンもないともいえるだろう。
きわめて自然体なのがすがすがしい。
ゲストに来てくれた八木美知依は、もともとの高い資質に経験がプラスされ
小気味よい演奏でステージに彩りを与えてくれた。
湯河原檜チャリティーコンサートホール
音がいまひとつ明瞭にならないのだけれど
森林浴のような居心地である。
いい感じに眠くなる。
住職にお願いして、改造したいところだが、なかなかそうもいくまい。
ただ、6月に湯河原初の現代音楽祭を高橋悠治氏を招いて行うので
その時にはなにか考えたい。
そのためにはもう少しチケットを売る必要がある。
たった3回のライブだったけど、強い印象を残したと思う。
ノルウェー人の気質、彼らの音楽教養の高さが、
おおらかなノイズ、エレクトロニカを形成している。
それが物足りない人もいるだろうが、
いっさいのケレンまた反ケレンもないともいえるだろう。
きわめて自然体なのがすがすがしい。
ゲストに来てくれた八木美知依は、もともとの高い資質に経験がプラスされ
小気味よい演奏でステージに彩りを与えてくれた。
湯河原檜チャリティーコンサートホール
音がいまひとつ明瞭にならないのだけれど
森林浴のような居心地である。
いい感じに眠くなる。
住職にお願いして、改造したいところだが、なかなかそうもいくまい。
ただ、6月に湯河原初の現代音楽祭を高橋悠治氏を招いて行うので
その時にはなにか考えたい。
そのためにはもう少しチケットを売る必要がある。
2008年12月25日木曜日
ヒカシュー@代官山ユニット 形而超のクリスマス
うれしいことに
12月23日のライブ
企画したスマッシュが思っていたより人がきたために
当日全員にプログラムがわたらなかった。
よって、ここに転載します。
またヒカシューの30年は、pdfにしました。
⇒ヒカシューの30年pdf
巻上公一 担当 ヴォーカル、テルミン、コルネット
よく歴史的な場所に行くと、そこはもぬけの殻ということがある。
ヘロドトスの「歴史」に出てくるパジリク遺跡の発掘跡もただの草原だ。
黄金という黄金はすべて持ち去られた後である。
音楽もそういうことがよくある。
名前だけが残り、精神の跡形もない。
ヒカシュー30年の歴史はヒカシューの精神を守れただろうか。
歴史の影も財産であることに違いはないが、
ヒカシューの現在が照らされてこそ、生き生きとした影が生まれることを信じている。
いまここの音楽を演奏したい。
三田超人 担当 ギター、サンプラー
12年前、かわってる、というベスト・アルバムを出したが、今年の漢字は、変、だそうな。30年も活動して、ようやくヒカシューの時が来たのか?私の今年の漢字は、青。雨の多い年だったが、心青空、頭ニコニコ。世相は黒いというのに、全くノーテンキにギターを弾き続けよう!超人だから。
坂出雅海 担当 ベース、ガジェット
ワーシワーシワーシワーシ
27年前の年末。六本木テレ朝通りにあったスタジオで初めてヒカシューと出会い、その日の内に大晦日の「ゲルニカ・ヒカシュー歌えば愉し」の出演が決まった。
あの日も、今も、ライブでも、スタジオでも、自由に音楽を作る刺激がいつも溢れているのがヒカシュー。
ところで冒頭のワーシワーシは「スカート」のコーラスだったっけ?ミタマさん?
清水一登 担当 ピアノ、シンセサイザー、バスクラリネット
ストーンズくらい、かな?
佐藤正治 担当 ドラムス、パーカッション、ヴォイス
ヒカシュ−30結成周年だー!!
僕は、ヒカシューに参加してまだ数年だけれど、
結成30周年とは素晴らしい。
自由で、尖った、めでたい音
ヒカシューの進化する音を体験して下さい!!
山下康(イノヤマランド)担当 シンセサイザー
30年 時は変われど気は変わらず
井上誠(イノヤマランド) 担当 シンセサイザー
ヒカシューの 前後左右にヒカシュー無し
松岡哲史(戸辺哲)担当 ヴォーカル、サックス
祝祝祝-気がつけば30年。ヒカシュー継続中!!
DJ+VJ
永田一直、相馬大
2008年12月14日日曜日
Cyro Baptista and the Banquet of the Spirits
先月 恵比寿ガーデンホールで行われた
WISM?2008の演奏がyoutubuにアップされていた。
Banquet of the Spirits
楽しかったなぁ。
Cyro Baptista and the Banquet of the Spirits
WISM?2008の演奏がyoutubuにアップされていた。
Banquet of the Spirits
楽しかったなぁ。
Cyro Baptista and the Banquet of the Spirits
2008年11月29日土曜日
くりくら音楽会から山口小夜子Experimentへ
割と早く門前仲町に着いたので
深川図書館前のヨーガンレール本社に行き
一階店舗ババグーリで開催されていたスプーン展を見学。
木のスプーンやホーンのスプーンを7つほど購入した。
ヨーガンレールのwebsiteの音楽を担当したので
それを見せてもらったり、春物の新作を見学。
たくさんの人が来ていて
写真家の由利子さん、女優の真由さんに会った。
それから先日鎌倉山で一緒だった源くん。
楽しい時間を過ごして天井ホールのリハーサルへ。
ピアニストの黒田京子さん主催のくりくら音楽会5秋の陣に出演。
黒田さんからしきりにソロをすすめられたが
曖昧にしていると、本番で知らぬ間にソロになっていた。
ピアノと自分のセッティングの距離と方向があまりよくなかったのか
ぼくはお客さんの方向ばかり向いてやっていた。
やはりデュオでは顔をみたい。
Sachiko MとPit inn で共演した時は、彼女がぼくをみたくないようで
ぼくの前にセッティングして、ぼくは背中を見つめていたことがある。
デュオというのは、かくもデザインに苦慮するものである。
ぼくらの前に演奏したのは、
shezoo(しず/pf)さんとマルチ・リード奏者の松風鉱一さん。
イラストレーター霧島留美子の絵にインスパイアされて作曲されたものだった。

公演後の交流会もそこそこに、タクシーに飛び乗り
六本木のスーパーデラックスへ。
昨年夏に急逝した山口小夜子さんのメモリアルイベント。
会場に到着すると、高木さんの写真に、山川くんがイギルでしめやかな
たゆたう演奏をしていた。
会場が深い追悼と瞑想の中にあって、
次に演奏する自分の方向決めがなかなか大変だったが
ぼくにやれることなど限られている。

長い一日だった。
深川図書館前のヨーガンレール本社に行き
一階店舗ババグーリで開催されていたスプーン展を見学。
木のスプーンやホーンのスプーンを7つほど購入した。
ヨーガンレールのwebsiteの音楽を担当したので
それを見せてもらったり、春物の新作を見学。
たくさんの人が来ていて
写真家の由利子さん、女優の真由さんに会った。
それから先日鎌倉山で一緒だった源くん。
楽しい時間を過ごして天井ホールのリハーサルへ。
ピアニストの黒田京子さん主催のくりくら音楽会5秋の陣に出演。
黒田さんからしきりにソロをすすめられたが
曖昧にしていると、本番で知らぬ間にソロになっていた。
ピアノと自分のセッティングの距離と方向があまりよくなかったのか
ぼくはお客さんの方向ばかり向いてやっていた。
やはりデュオでは顔をみたい。
Sachiko MとPit inn で共演した時は、彼女がぼくをみたくないようで
ぼくの前にセッティングして、ぼくは背中を見つめていたことがある。
デュオというのは、かくもデザインに苦慮するものである。
ぼくらの前に演奏したのは、
shezoo(しず/pf)さんとマルチ・リード奏者の松風鉱一さん。
イラストレーター霧島留美子の絵にインスパイアされて作曲されたものだった。

公演後の交流会もそこそこに、タクシーに飛び乗り
六本木のスーパーデラックスへ。
昨年夏に急逝した山口小夜子さんのメモリアルイベント。
会場に到着すると、高木さんの写真に、山川くんがイギルでしめやかな
たゆたう演奏をしていた。
会場が深い追悼と瞑想の中にあって、
次に演奏する自分の方向決めがなかなか大変だったが
ぼくにやれることなど限られている。
長い一日だった。
2008年10月31日金曜日
精神の宴会に飛び入りする。
JWAVEの20周年記念イベントWISM?2008に
CYRO BAPTISTA & BANQUET OF THE SPIRITSがやってきた。
今年の3月にCyro(パーカッショニスト)とニューヨークで公演した時に
出演して欲しいと頼まれての出演だったが、
前に代官山ユニットでエリメート・パスコアールとのコンサートに出た時と同じく
飛び入りという形になってしまった。
あの時もほんとは飛び入りなんかじゃなかった。
ずっと前から頼まれていたのだ。
(主催者の裁量がぼくには不明であるが・・・なぜか名前が出ないのだ)
まあでもサプライズでいいだろう。
(((ちなみにWISM?のサイトで発表されたセットリストでは、Arganだけに参加となってますが
次の曲 Forroにも参加していました。----ちゃんとみといてよ)))
BANQUET OF THE SPIRITSのメンバーも
MMWもTZADIKレーベルの仲間であり、
ほんとうに親しい友人たちだ。
その演奏のレベルは極めて高く、しかも表現がのびのびしている。
この中に入るだけでほんとうに心地いい。
1日目は、低音がかなりブーンとしていてまいったが
2日目は少し改善されていた。
観客では、1日目は芳垣安洋がリハからいて、
2日目は中村達也、八木美知依が来てくれていた。
2008年10月21日火曜日
ローレンとの声合わせ 声違い
2008年10月15日水曜日
口琴による世界平和の試み
2008年10月7日火曜日
クレムスの『へんな音楽』フェスティバル
オーストリア・クレムスから戻った。
KONTRASTE 08 SELSTSAME MUSIKというイベントで
言ってみれば「へんな音楽」フェスティバル。
ゴードン・モナハンのテルミンを使ったインスタレーション
ニコラス・バジンスキーのロボットバンド

SUBSHRUBSという4人組のオーストリアのバンド
ヤープ・ブロンクとマヤ・ラトケのDUO

デビッド・モスのソロ(巻上飛び入り)

そして巻上、イクエ、シルヴィーのニュートリオ「アグラダルマ」
次の日はPERE UBU!!
Robert WheelerのEMLシンセとテルミンの組み合わせが最高だった。
David Thomasはビールをがぶ飲みのへべれけでタバコぷかぷか。

来週はCLUSTERとかFAUSTがでるよ。
ちょっと心配なくらいのアウトぶり。
すごいフェスだなぁ。
こんな田舎も田舎で。
是非日本でもやりたいものだ。
ゴードン・モナハン
Gordon Monahan - Theremin Pendulum
The Three Sirens live
KONTRASTE 08 SELSTSAME MUSIKというイベントで
言ってみれば「へんな音楽」フェスティバル。
ゴードン・モナハンのテルミンを使ったインスタレーション
ニコラス・バジンスキーのロボットバンド
SUBSHRUBSという4人組のオーストリアのバンド
ヤープ・ブロンクとマヤ・ラトケのDUO
デビッド・モスのソロ(巻上飛び入り)

そして巻上、イクエ、シルヴィーのニュートリオ「アグラダルマ」
次の日はPERE UBU!!
Robert WheelerのEMLシンセとテルミンの組み合わせが最高だった。
David Thomasはビールをがぶ飲みのへべれけでタバコぷかぷか。
来週はCLUSTERとかFAUSTがでるよ。
ちょっと心配なくらいのアウトぶり。
すごいフェスだなぁ。
こんな田舎も田舎で。
是非日本でもやりたいものだ。
ゴードン・モナハン
Gordon Monahan - Theremin Pendulum
The Three Sirens live
2008年9月23日火曜日
小田原城ミュージックストリート
第2回小田原城ミュージックストリートに出演した。
街中が会場という音楽イベントは、
同じ神奈川県の横浜ジャズプロムナードが思い浮かぶが、
小田原の方は、ジャズの人は少ないようだ。
少し早めに集まって昼食をとろうと、市民会館のあたりにいくと
古い佇まいの天麩羅屋「だるま」に人が列をつくっていた。
おじさんおばさんに人気がある。
三田と坂出とで四川料理の「森羅」でランチを取った。
(バンバンジーメンをいただく、ここはかなり高レベルの中華である。)
打ち合わせは、駅近くに新しくできた「ういろう」の新店で
冷たい抹茶と和菓子を食べながら。
外からは忌野清志郎のような歌が聞こえていた。
( ・・そういえば外郎さんは高校の同級生だったけどほとんど喋ったことがなかったっけ・・)
ぼくが高校生の頃は、目の前の広場にはビルがあって
エリーゼという喫茶店が地下にあり学校の帰りによく行った。
スパゲッティナポリタンが懐かしい。
夕方、メイン会場の二の丸広場では
白井貴子さんが歌い、次にMassaが演奏し、大野真澄さんが歌った。
客席の年齢層がかなり高い。
「学生街の喫茶店」がはじまると
おばあさんまでが手拍子をしている。
その様子を見た坂田明さんが
「大丈夫かね、この会場で」
その意味は、あまりに客層が違うのではということだった。
しかし、どこかでこの和やかなムードを払拭したいと
思っている自分がいたのだろう。
「坂田さん、最初はどーんとフリーで」などとお願いしていた。
まあ、そんなことをお願いする必要もなく
いまの坂田さんは、凡人の届かぬ達人の領域にいるので
その吸引力たるや、すさまじい。
「死んだ男の残したものは」は震えるほどの感動がある。
「貝殻節」は魂を揺さぶる。
ただ前が押して
予定では、午後6時半頃からヒカシューと坂田明さんの演奏に入るはずだったのに
坂田さんの2曲をやって、ヒカシュー1曲やった時点で
舞台袖で、もう終りですと合図をしていた。
せっかくヒカシューはじめての小田原だったが、あまりにも短い時間だった。
三田超人は「小田高の校歌を歌い損ねた」と後悔していた。
帰りに
またも四川料理「森羅」にて食事をすると、
シェフに、「小田原FMの番組きいてますよ」と言われ
かなり驚いた。
聞いてる人に会うのは、2人目くらいだ。
街中が会場という音楽イベントは、
同じ神奈川県の横浜ジャズプロムナードが思い浮かぶが、
小田原の方は、ジャズの人は少ないようだ。
少し早めに集まって昼食をとろうと、市民会館のあたりにいくと
古い佇まいの天麩羅屋「だるま」に人が列をつくっていた。
おじさんおばさんに人気がある。
三田と坂出とで四川料理の「森羅」でランチを取った。
(バンバンジーメンをいただく、ここはかなり高レベルの中華である。)
打ち合わせは、駅近くに新しくできた「ういろう」の新店で
冷たい抹茶と和菓子を食べながら。
外からは忌野清志郎のような歌が聞こえていた。
( ・・そういえば外郎さんは高校の同級生だったけどほとんど喋ったことがなかったっけ・・)
ぼくが高校生の頃は、目の前の広場にはビルがあって
エリーゼという喫茶店が地下にあり学校の帰りによく行った。
スパゲッティナポリタンが懐かしい。
夕方、メイン会場の二の丸広場では
白井貴子さんが歌い、次にMassaが演奏し、大野真澄さんが歌った。
客席の年齢層がかなり高い。
「学生街の喫茶店」がはじまると
おばあさんまでが手拍子をしている。
その様子を見た坂田明さんが
「大丈夫かね、この会場で」
その意味は、あまりに客層が違うのではということだった。
しかし、どこかでこの和やかなムードを払拭したいと
思っている自分がいたのだろう。
「坂田さん、最初はどーんとフリーで」などとお願いしていた。
まあ、そんなことをお願いする必要もなく
いまの坂田さんは、凡人の届かぬ達人の領域にいるので
その吸引力たるや、すさまじい。
「死んだ男の残したものは」は震えるほどの感動がある。
「貝殻節」は魂を揺さぶる。
ただ前が押して
予定では、午後6時半頃からヒカシューと坂田明さんの演奏に入るはずだったのに
坂田さんの2曲をやって、ヒカシュー1曲やった時点で
舞台袖で、もう終りですと合図をしていた。
せっかくヒカシューはじめての小田原だったが、あまりにも短い時間だった。
三田超人は「小田高の校歌を歌い損ねた」と後悔していた。
帰りに
またも四川料理「森羅」にて食事をすると、
シェフに、「小田原FMの番組きいてますよ」と言われ
かなり驚いた。
聞いてる人に会うのは、2人目くらいだ。
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